「うしろめたさの人類学」を読みました
良い本を読むと、いろいろと書いておきたいことが沢山でてきてしまう。なんでもかんでも書こうとするとそのハードルの高さに気後れしてしまうので、なにか少しだけでも書いておこう。
本屋で、うしろめたさの人類学、というタイトルを見たときにすごく気になって、でもなんとなく買わないできたのだけど、何か賞を受けたとの(毎日出版文化賞か)紹介文がきっかけで読み始めました。ミーハーだな。
構築人類学、いま在るもののなかで崩したり、ずらしたり、組み直したりして、大きなものでも少しずつ変化させていく、構築していくという地に足のついた実践に対して、共感した。
若い頃は、理想とするものと現実社会とのギャップを目の当たりしにて、そのゴールの遠さから自分の能力の足りなさに目を背けていた。だけどそろそろ人生の後半戦になってきて、少しの諦念と、少し視野が広がったこと、少し力が着いたこと、少しやさしくなったこと、少しずるくなったこと、少し自分を分かってきたこと、そんなことから主体的に社会で活動することに手応えを感じてきて、楽しくなってきている。
全部自分でやらなくていいのだ、少しずらしてみるだけで、何かが変わる。変わること自体を楽しめば良い。
うしろめたさの人類学は、それを先行して実践しながら、センシティブに、でも力強く応援してくれている。
行動が社会につながっていることが信じられると日常が豊かになる。そんな経験を自分の周りの人も感じてくれると嬉しいなと思う。